• 小松美羽より

     

    【生き方次第で自分の役割は進化する】

    自信があるわけじゃない、でも確信がある。努力はすべてを報わない、でも勇気を与えてくれる。いつしか、たくさんの人の運命の交差の中心で自分を感じることができたら、そこには光が射しているだろうか?
    脈打つ鼓動の指し示す先には、きっとあなたの役割があって、それは生き方次第でどんどん進化していくだろう。
    それはまだ私の若輩者の人生の中で得た光。その光がこの本であり、未来の私自身への座右の銘でもある本だ。


    小松美羽

  • 内容

    「新・風土記」出雲大社奉納、「天地の守護獣」大英博物館日本館永久展示、

    「遺跡の門番」クリスティーズに出品、落札…。

    競争が激しいアートの世界で、なぜ、いま小松美羽が評価を集めているのか?その理由が、彼女の人生や価値観、考え方から明らかになる1冊。自分の「役割」や、生きる目的が見つかる珠玉の自己啓発書

  • 現代アーティスト

    小松美羽

    現代アーティスト。
    1984年、長野県坂城町生まれ。幼少期より自然豊かな環境で様々な生き物と触れ合い、その死を間近で見届けてきた経験から独特の死生観を構築、死の美しさの表現を目指す。
    2003年、女子美術大学短期大学部へ入学。線の美しさに惹かれ銅版画の制作を始める。
    20歳の頃に制作した銅版画「四十九日」はその技術と作風が高い評価を受け、プロ活動への足がかりとなる。
    近年は銅版画の他に、アクリル画や焼き物への絵付けなど制作の幅を広げ、死とそれを取り巻く神々、神獣、もののけをより力強く表現している。
    2014年、出雲大社へ「新・風土記」を奉納。
    2015年、庭園デザイナー・石原和幸氏とのコラボレーション作「EDO NO NIWA」を、英国王立園芸協会主催「チェルシーフラワーショー」へエントリーし、

    ゴールドメダルを受賞。
    同作内の有田焼の狛犬作品「天地の守護獣」は、大英博物館日本館へ永久展示されることが決まり、国際的に注目を集める。
    2016年、ニューヨークにて「The Origin of Life」を発表。同作は4ワールドトレードセンターに常設展示されている。
    2017年、東京ガーデンテラス紀尾井町にて個展を開催し、9日間で3万人を集め、会場史上最大の集客を果たす。
    台湾「Whitestone Gallery Taipei」での個展も、3万人以上を集客、計100万ドル以上の作品を完売する。
    同年、劇中画を手掛けた映画『花戦さ』が公開されたほか、SONY「Xperia」のテレビコマーシャルに出演。
    2018年、北京で開催されたアートアワード「Tian Gala 天辰 2017」にて「Young Artist of the Year 2017」を受賞。
    画集に『小松美羽-20代の軌跡- 2004-2014』(KADOKAWA)がある。

  • 書籍内容紹介

    章の一部を抜粋(supported by Diamond社)

    ① アートは魂でつながるための道具

    私たちは、言葉を使って暮らしている。

     気持ち良い朝に、元気を出したい朝に、「おはよう」と言う。

     嬉しくて、感謝して、「ありがとう」と言う。

     大切な人に、愛する人に、言葉を使って想いを伝える。

     誤解によって壊れかけた絆をつなぎとめたくて、泣きながら、必死で、さまざまな言葉を尽くす。言葉によって、気持ちが伝わることもたくさんある。 だから私たちは日々、話しているのだし、私は今、こうして言葉で伝えている。

     それでも言葉は、完璧な道具じゃない。

     どんな言葉でも伝わらない想いもあるし、ちょっとした言い回しで、心がすれ違ってしまうこともある。これは悲しいことだろうか?

     私はそうは思わない。

     言葉は一つの道具にすぎず、人と人がつながる道具は他にもある。こんなふうに考えれば、言葉以外のつながる道具も使ってみようという気持ちになれる。

     私は絵を描くとき、筆だけでなくときには手も使う。絵の具のチューブから直塗りすることもある。たくさんの道具があったほうが、もっと描きたいものが描けるからだ。

     それと同じでつながる道具もたくさんあったほうが、より深く、より強く、つながれるはずだ。

     人と人。魂と魂。天と地。あの世とこの世。異なるもの同士がつながるための、言葉以外のコミュニケーションツールは確かにある。そして、アートもコミュニケーションツールであると、私は信じている。

     アートとは、限られた人だけが楽しむ特別なものではない。誰にとっても必要で、誰もの魂を癒し、生命が魂でつながるための「道具」だ。どこの国のどんな人とも、言葉に関係なくつながれる瞬間がある。文化、性別や年齢といった属性を超えて、人と人、魂と魂はつながることができる。

     私はそんな瞬間を体験している。アートで人がつながる瞬間。

     たとえば、2017年6月、東京・紀尾井カンファレンスで行われた個展「神獣 ~エリア21~」には大勢の人が足を運んでくれた。

     アートが好きな人、絵に関心がある人も、もちろん大勢いたけれど、それだけでは九日間で三万人という来場者数にはならないと思う。

     休日に遊びにきたついでだという若い人、近所に住む年配の人、子どもを連れた家族。「うちの子も絵の道に進みたいと言っているから見にきてみた」と話す、お母さんと高校生。

     さまざまな人が、私が描く神獣を通じて、自分の魂と、あるいは大切な誰かの魂と、つながりを持ってくださった。

     2014年に出雲大社に奉納した「新・風土記」に描いた目の部分には、パワーストーンとして星の形にカットされたダイヤモンドを埋め込んだ。

     それは、出雲という土地のパワーに包まれながら、作品と宇宙をつなげるためだった。あの絵が出雲の地で役割を持ち、さまざまな人々とのつながりを持てたことに感謝している。

     日本ばかりではない。イギリス、フランス、ニューヨーク、香港、台湾、シンガポール。

     私はさまざまな土地で、つなげるためのアートを発表してきた。

     いにしえから伝わる、その土地の人々の祈りの色を作品として描き出すと、それを見てくださった人の魂が共鳴する。そうすると、私は温かい色のエネルギーを受け取り、次の作品を描くことができる。この繰り返しが、今の自分につながっている気がする。

     2016年はニューヨークの日本クラブで、観客の前で作品を一から仕上げるライブペイントを行ったのだが、その絵画が平和の象徴として4ワールドトレードセンターに所蔵された。

     それもアートには、傷ついた人と人の心をつなげる力があり、そしてそれは薬のように作用するからだと思う。

     作品を前に、言葉はいらない。

     見るだけ。感じるだけ。思うだけ。

     魂だけで、まっさらの存在として向き合う。

     文化が違っても、言葉が違っても、同じだ。

     年若くあっても、年老いていても、男であっても、女であっても、同じだ。魂であるという意味で、私たちはみな同じものだ。

     絵をきっかけとして、魂と魂が共鳴し合う場をつくる。それも自分の役割だと思っている。

    ② 世界に通じる大和力

     大英博物館に作品が所蔵されたり、クリスティーズ香港で作品が落札されたり、「小松さんは日本的な作品をつくっているのに、活動や評価は国際的ですね」と取材などで言っていただくことがある。

     確かに私の作品は、ありがたいことに少しずつ海の向こうへと旅を始めている。

     最近でいうと、2017年10月にアート台北に出品した際、私の活動のダイジェストVTRをアップしてくれた『VOGUE Taiwan』のフェイスブック記事は再生回数74万回を超えた。

     その年の4月に台北に新しくオープンした「Whitestone Gallery Taipei」で12月に開催した個展は、1ヵ月のトータル来場者数が3万人以上。初日はギャラリーの入口から交差点までのおよそ200メートルに1000人以上が並び、「Whitestone Gallery」50年の歴史上、ギャラリー内のイベントで警察署に届出を出したのは初めてのことだったと聞いた。

     台北の観客には目の肥えたコレクターもいたし、小学生や若い人も大勢いた。アートへの関心が非常に高い地域なのだろう。

     あまりの熱気に地上波のテレビでニュースとして取り上げられ、四大紙『中国時報』でも大きく紹介していただくことができた。

     また、私の作品を購入してくださるコレクターも、さまざまな国の方々だ。日本の有名企業の創業者。台湾の超人気シンガーソングライター。台湾の銀行頭取。シンガポールの不動産王。世界的ブランドの副社長。マレーシアの王族……。

     銀座での個展には、初来日していたアメリカの現代アートコレクターがふらりと訪れ、即決で2作品を。彼が取り出したのは、生まれて初めて見るチタンのクレジットカードで、私は「これって、銃弾で撃たれたりしても弾き返すのかな?」などと子どもみたいなことを考えながら、世の中には桁外れの人がいるものだと仰天するばかりだった。

     こうした活動をする中で、私が「大和力を世界に発信したい」と言うと、「日本らしさを世界に伝えたい」という意味に受け取られることがある。

     確かに有田焼、博多織など日本の伝統文化とコラボレーションする形で作品をつくっているし、狛犬や龍は一見すると「和のモチーフ」という印象かもしれない。日本に生まれた私にとって、日本らしさは大切な手法だ。

     だが、私は、単なるクールジャパンを目指したり、日本らしさのアピールに留めるつもりはない。

     大和力というのは、「日本らしさ」ということではない。日本が古来持っている、いろいろなものを組み合わせ、まとめあげてデザインする力であり、方法である。

     世界のさまざまな文化を集約し、統合する能力こそ、日本が持つ「和」の力であり、「大和力」とは大きな和の力である。「和」は一人称で、「大和」になると大勢になるというようなイメージもある。

     「和」とは、まるで円のように、ありとあらゆる異なるものをすべて包み込み、ミックスする力だ。異なる文化、異なる宗教、異なる考え方、異なる歴史が融合することで、和が自然と成立していく。

     つまり大和力とは、日本だけのものというわけではない。海を超えて地球の大きな和となり、本当の大和になる。

     人の想い、文化、宗教、芸術が一つになる力だから、どの国にも大和力はある。ただ、日本は古来、それを最も得意としてきた国の一つということなのだ。こう考えると大和力とは世界に共通するものであり、地球の歴史の大いなる流れの遺産なのだろう。

     有田焼第15代酒井田柿右衛門さんに「日本文化を世界に発信していくにあたって、どんな工夫をしていますか?」と聞いたとき、面白いことをおっしゃっていた。

     「日本文化を世界に発信しているつもりはありません。私たちはもともと、日本的なものだけでなく西洋食器をつくり、海外に向けて制作していたのですから」

     17世紀のヨーロッパで、オランダ東インド会社が輸入する中国の磁器、なかでも景徳鎮は絶大な人気を集めていた。ところが明から清に変わる戦乱の中、景徳鎮の生産は止まってしまった。「それなら磁器文化がある日本のものを輸入しよう」となったらしい。

     こうして最初は「景徳鎮の代わり」として買い付けられた柿右衛門や伊万里焼は、やがて独自の美しさで世界を魅了していったという。

     つまり文化というのは、そのときに必要とされる最先端のものを、生きるために提供したことから始まる。それがいつのまにか何百年もたって「伝統文化だ」と言われるようになる。

     「昔ながらの伝統ややり方を守ることも大切だが、斬新なことをやったからこそ、柿右衛門は長い時代を生き抜くことができた。これからも私たちは、苦悩しながらそれをやっていく」

     柿右衛門さんの話を聞いて、私は確かにその通りだと勉強させていただいた。

     中国や韓国や日本の磁器文化がヨーロッパに渡り、ドイツのマイセンやデンマークのロイヤルコペンハーゲンが生まれたのだし、逆に西欧の文化の影響で、日本の磁器のデザインも変わっていった。どちらもより美しく、より洗練されていったのだ。

     まさに大和力そのものだと思う。

     私も、尊敬の念によって自分が描いているものとその国をつなげ、ルーツを合致させていきたい。

     だから私は、外国に行くと、その国の大和力に敬意を払いながら、自分の大和力を発揮したいと願っている。

     その国の文化を尊敬している気持ちをしっかり伝えてこそ、アートを通して世界とコミュニケーションができると思っている。

     たとえば香港や台湾では、その国の獅子と私の狛犬をつなげた作品を発表している。

     もともと中華圏ではたくさんの獅子や龍が描かれ、残されている。深く根づいた「獅子文化」があるのだ。

     日本では獅子は狛犬となり、「犬文化」になっているのかもしれないが、私が描く狛犬は、さまざまな国の獅子と日本の狛犬が混じり合ったものだ。

     大和力で、狛犬をキメラ化しているようなものだ。

     キメラというのは生物学の考え方だ。ロバと馬から生まれたラバのように、違う種の細胞が混じって生まれたものがキメラ。

     キメラという言葉はギリシャ神話に出てくる「キマイラ」からきていて、頭はライオン、体はヤギ、蛇のしっぽを持つ。キマイラは伝説の怪物と言われているが、私は神獣の一つだと思う。

     大和力を世界へ。すべてを融合させ、和という方法でキメラ化していく。

     これもまた、私が絵を描く大きな理由である。

  • カスタマーレビュー

    昨年、たまたまお誘いいただいて観に行った個展で、初めて小松美羽さんという新進気鋭のアーティストの存在を知りました。

    下書きがなく、自分の感性を思いつくままにキャンバスに描き出すという手法は、あまりにも情熱的で、あまりにも力強く、こんな日本人アーティストがいたことに、驚いたことを記憶しています。

    この本は自伝なので、彼女が育まれてきた環境と、感性を磨いた過程を彼女の言葉で綴ってある本。

    読み進めていくうちに、業種や職種に関係なく、自分が今していることに、どう向き合っていくべきなのか、真摯な態度で取り組むことが、自分に何をもたらすのか、普段あまり考えてこなかったことを、深く自分を見つめ直すのに、役立ったように思います。 

    世界の中の自分の役割、スケール感がすごいけれど、私の役割、私ができる役割って何だろう?と読み終わった時に考えてみたくなる本です。

    - chicoma様(Amazonレビューより)

    わたしも、ジュエリーのデザインに携わっているので、クリエイティブな面でとても興味ひかれるものがありました。
    小松美羽さんは、最初から成功したわけではなく大変だった時期もあったとのことで、より親近感がわき、アートに籠められた魂はかならず伝わるということが心に響きました。
    今仕事で少しスランプだったのですが、呼んだあと感化されやる気がでてきました。
    現代アートを身近に感じることができる一冊

    - Amazonluca様(Amazonレビューより)

    個展に伺って小松美羽さんの作品を実際に拝見したことがあり、作品の迫力に圧倒され、惹きつけられました。描かれている神獣や守護獣を前にすると神聖な気持ちになったことを思い出します。そんな小松美羽さんの書かれた本ということで気になって購入しました。
    今では世界から大注目されている小松美羽さんですが、それまでにはたくさんの葛藤や迷いがあり、その結果自分の役割をみつけてそれを懸命に作品を通して伝えているという、小松美羽さんの人生観がこちらの本に詰まっています。
    私も自分のやりたいことや役割ってなんだろうと考えたことがあり、少しずつ自分が本当に求めていることが明確になってきたのですが、この本を通して改めて自分自身を見つめ直すきっかけにもなりました。やりたいことを見失うと不安になり、やりたいことや役割に気づけると、それが頑張る原動力や喜びに繋がる。この本は自分の在り方と向き合うきっかけになる本だと思います。

    - Nao様(Amazonレビューより)

    小松美羽氏は、今や日本を代表する現代アーティスト。彼女が、絵を志し、今彼女をサポートするチームの人達と出会い、世界を旅して、様々な事を感じ、今、自分が世界で果たすべき役割を見つけた!そして、読者も必ず役割がある、いつそれに気付くか、出会えるか、人生を考える書としても非常に役立ちます!
    早く読む事も出来ますが、僕は一章ずつ大切に読みました。

    - 多幡秀隆様(Amazonレビューより)

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